好きなあの人のノートブック。
年末の大掃除をしていた時に懐かしい物を見つけた。
大学時代の教科書や資料を投げ込んでいた箱の中にそれはあった。
数枚のノートのページをまとめて綴った紙の束・・・とでも言おうか。
私の勉強方法は簡単な方法だ。
「好きな人にノート借りる」
「好きな人と勉強をする」
それだけ。
ここから下は思い出話なのでスルーしていただいて結構です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーキ リ ト リーーーーーーーーーーーーーーーー
初めてその人にノートを借りたのは、確か大学一年の夏休み前。
1ヶ月後に迫る初めての期末試験と初夏のネットリとした暑さに皆もうんざりしていた午後だった。
入学当初はみんな真面目に出席していた講義も、時が経つにつれて、人もまばらに。
私もその例に漏れず。必要最低限の授業しか出らず、その他の日は友達の家で漫画を読みダラダラと過ごす日々を送っていた。
だけど、動物資源学だけは欠かさず出ていた。
と、いうのも当時、片想い中だった人と同じ講義だったからだ。
その人はいつも階段教室の最前列右に座っていた。
友達と一緒に座る最後尾が定位置の私にとって、いつも見えるのは後ろ姿だけ。
黒いショートカットの髪が印象に残っている。
当時はガラケー全盛期。ラインなんて存在せず、相手の連絡先を聞くのにちょっとした苦労が必要な頃だった。それに大学の講義なんて、人が多すぎて顔は知っているけれど名前は分からないなんてザラにある。
もちろん、その人の名前も知らなかった。その日の午後までは・・・
とにかく動物資源学も終わり、夕方から始まるサークルに行く前にレポートを提出をしようと、教授の部屋を訪れた。
教授は不在だったが、廊下であの人とすれ違った。
「今は先生いないよ」
そんな言葉をかけたはずだが、緊張でよく覚えていない。
同じ学科なこと、たまに授業がかぶってることを話したような気がする。
それから僕たちはたまに話をするようになった。
趣味がお互いに登山だったこともあり、話が合った。
小柄で色白なその人が大きな荷物を背負って山を歩く姿なんて想像できなかった。
私の考えが顔に出たのだろう、
「君より体力はあるつもりなんだけど」
そういうとクククッと笑った。
変な笑い方をするなと思った。
授業をサボりがちな私に代わってノートを取ってくれた日がいくつかあった。
君のをコピーすればいいんだけど・・・という私に
この授業は二回目だから自分のノートは取ってる。と・・・
「真面目そうに見えて単位落とすんだな」という私に、クククッとまた笑っていた。
クククッと私も真似してやった。
そんな何気ない日々というのは、私の大学生活を大きく彩ってくれた。
相変わらず教室での定位置は変わらず、私はその人の後姿を眺めながら授業を受けていたが、二人の関係は前よりも変わっていた。ずっと良い方に変わっていた。
しかし、その人とは一緒に卒業できなかった。
その人は死んでしまった。
大学3年の晩秋の頃、澄んだ秋空の青色が憎らしかった。
二回目の授業も病気で休みがちだったのが理由だと知ったのは聞いていた。
しかし、あまりにも突然だった。
大人になってからも決して忘れていたわけではないのだが、社会人という日々に忙殺され生々しい現実から学生時代の思い出になっていった。
改めてノートに書かれた文字を目で追い、そっと指でなぞってみる。
時間が経って茶色みがかったノートのページは懐かしい時間を映し出していた。
忘れかけていた記憶の断片がつながる。
私はノートの束をそっと元の箱に戻した。